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空羽ファティマからメッセージ
<< うちの子アスペルガー?うちの彼も??と思う方へ | main | 7/28 日曜日 前橋 アルスカフェにて1じから朗読コンサート! >>
母校の事件について。
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    今、私は 卒業生として、保護者として 「女子中学生監禁事件」に対して全力で いろいろ 動いていて しばらく投稿できませんでした。 皆様には ご心配をおかけして本当に申し訳ありません。 …………………………… 一昨日、事件の説明会に学校に行ってきました。 すっかり憔悴した様子の親しい先生たちに 声をかけると、 「本当に申し訳ありませんでした!」と涙しながら 何度も何度も、頭を下げてくださり、、 確かに 一教師の不祥事は、学校側の責任と言える事件ではあり、 もっと、もっと、危機意識を持って生徒を託す先生を選ばないといけないと 思いましたが、 日々 誠実に生徒に接してくださっている先生たちの、そのお姿を見て たまらない気持ちになりました。。 事件の説明会は、 つい先日学園祭でステキなハンドベルが鳴り響いていた礼拝堂から 一転して 重い雰囲気の満員の保護者を迎え、、 まず 牧師先生からのお祈りから、始まりました。 「神さま、私たちは 大きな過ちを 犯しました。 今日ここに、正直に 何一つ包み隠すことなく お話しする事を誓います。 主よ、私たちに力をお貸しください」 、、、、今、 学園は 何一つ言い訳できない状態にいると 卒業生の私も思っております。 ただ、イジメによる自死が起きるたびに、 「イジメと認識していませんでした」という言い訳をして 都合の悪いことは隠している 学校ばかりをみてきたので、、 この まっすぐに 罪を受け入れて 向かい合おうとするお祈りを聞いて、、 私は 涙が出ました。。 この お祈りをできる学校ならば、 大きな試練を超えて、新しく生まれ変われると信じたいと 思いました。 学校と保護者とみんなで力を合わせて、まずは被害者の女の子のために、 そして傷ついている生徒のために 私たち大人が真剣に全力で、この事を受け止めて いく覚悟です。 今日は 教育委員のシミクミと会い、明日はゲートキーパーの大小原さんに、学園の力になってくださるようにお会いしてきます。 そして 子どもたちみんなと保護者に、メッセージの手紙を書き 講演をします。 正直、、、わたしに何がどこまでできるか 全くわからないし、 この繊細な事件に対しての、いろんな、いろんな、、起こりうるリスクも考えると、、 事態の重さに、大きさに、足が震えています。 それでも、キャメルン活動として、朗読コンサートと講演会で、 「命の大切さと 日々の尊さ」と 「10代と ママの心のケア」 を学校をメインに 10年間、伝え続けてきた私なのに、母校 新島学園のこの危機に、 何も しないわけには いかない。 、、、【以下のコラムは、25日、まさに事件当日に載ったコラムです。。 それは、学園を生涯をかけて愛してくださったこのコラムに書いたベーケン先生 が、 ‘天から応援してくれるという証’に 奇跡的に、事件が起きた当日に、 このコラムが配られたと 思い、、 自分を奮い立たせています。】 < …………………………… <「この体は自分のものと思ってはいない」とは 平成天皇の言葉だが、世の中には自分個人の人生としてではなく世の中の為、人の為に人生を捧げてくれる人がいる。今は、天からの使命を終えて神様の元に帰った母校・新島学園の宣教師のベーケン先生も又そんな人だった。  「カルイザワ」それが日本に来た時、彼が知っている唯一の日本語。その一言だけを頼りに、戦後のテレビもない時代に「軽井沢」に行く途中の安中にある、新島襄の教えを伝えるキリスト教の学校「新島学園」にやっとたどり着いたという。  豊かな大国アメリカから言葉も話せない小さな異国で、どんな学校かもわからないのに、キリスト教を伝えるためにやってきてくれたというその熱き想いと勇気。葬儀で「個人愛唱の賛美歌」と紹介されたものは「我が心は定かならず、吹く風のごとく絶えず変わる。主よ御手持てひかせたまえ」「我が力は弱く乏し。暗きにさまよい道に悩む」など、不安になったり迷ったりしながら、必死に ”神様の道具”として働く為に自分を支えて頑張ろうとしただろうとした当時の苦悩が偲ばれた。  その後、ドロシー奥様が癌でお亡くなりになった時、寂しいだろうと友達数人で毎週夕飯をベーケン宅に作りに行っていたこともあったが、アメリカの食材で作る夕食は私たちも楽しかったな。 そして英会話の授業をしてくれる他、毎年アメリカに連れて行きクリスチャンの家庭に泊め、貴重な経験をさせてくださったことは、私だけでなく多くの新島生の心に強く残り 英語は「勉強」ではなく「コミニュケーションの手段」だと気づかせてくれたと思う。  仲良くなったホストファミリーと話せない自分が悔しくて泣き「絶対英語を話せる自分になろう!」と誓ったあの日。  私が「人と繋がる手段として」英語を学び、35カ国の冒険の旅に出られたのは、あのアメリカ経験があったこそだった。バブル期の東京を出て日本と真逆に位置するモロッコに行き、名前しか知らなかった「アトラス山脈」を窓も閉まらないオンボロバスで超えてサハラ砂漠に入り、、電気もトイレも水もない生活を、ラクダと共に土の家でして‥‥豊かな日本での今までの価値観が一気にぶっ飛び「ファティマ」という体験記を書き出版して、それが高校三年の 国語の教科書に12年間載った事が、私の人生の転機になったのだったと………お花に囲まれて横たわる、与えられた使命を生ききった穏やかなベーケン先生のお顔を見ながら最後のお礼を言ったのだった。  84歳の父が酔っ払うとペラペラと話す英語は、まだ日本語が話せなかったベーケン先生に教わったものだ。  新島生は○期生と入学した学年で呼ぶのだが、父・孝雄3期生。私・恵子30期、妹・康子32期、弟・毅35期....と、家族みんながベーケンの教え子で、こんなに長い間学園で頑張ってくださったっていう証だ。  まさに新島学園の歴史は彼と共に始まり今は天国から彼の生涯を捧げた学園を見守ってくれていると思う。。人はそれぞれにその使命を生き死んでいく。何をやり遂げ何を求めて何に想いを尽くすか?  そこに全てがかかっているのだと思う。私はキャメルン活動にこの生涯をかける。想いを込めた自作の本を出版し、それを音楽とダンスと映像とコラボした朗読コンサートで広めること。そこにこの人生をかける。それが世間にどれだけ受け入れられるかは神様が決めることだ。  でも、すでに私は知っている。この世を去るときは「ああ、いい人生だった」と笑って逝けることを。


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