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空羽ファティマからメッセージ
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私の叔母は戦時中、アメリカ大使館書記長の妻というドラマティックな人生を歩き、、
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    私の叔母は アメリカ大使館書記長の奥さんだった。 名前は ラニング かおる、と言ったが 子供だった私たちは、かおるおばちゃんと呼ばず 「かお ろばちゃん」と、ロバみたいな、呼び方をしてた。 日本とアメリカが敵国だったときに 女優をやってた美人の叔母は見初められて、 信州に住んでた叔母の家族が反対すると「お嬢さんと結婚できなければ私は死にます!」まで言ったので、 そこまで想ってくれるなら、、と結婚を許したとか。。 あの時代に英語を学び、敵国のアメリカの中で超上流社会の中で暮らした叔母の 孤独はかなりのものだったと 叔母から聞いた。 夫の仕事でしばらく暮らしてたスイスでは 乳がんと胃がんで入院し信州の水が飲みたかったと 言ってた。 日本のアメリカ大使館の中に暮らしていた 時の叔母はお城のような大きな家に沢山の スタンダードプードルを飼っていた豊かな暮らしをお手伝いさんがいて、 母に ミンクや、レース沢山のドレスなどをくれるらしいが、みんながモンペを着ているのに母だけドレスは切れず、レースを切り取って着たと言ってた。 私の知っている叔母は、そのときはもう、夫やすごい可愛い息子〔夫の連れ子だったが、おばちゃんはすごく可愛がった)と死別して 日本に帰ってきていたから、華やかな生活の叔母の姿は私はみてないが、 年取っても綺麗に整った指は真っ赤なマニキュアが塗られていて、食べ物にはこだわり、植物やワンコや、鳥を可愛がっていて 心豊かな生活をしていた。 でも、おにぎりを握るのはすごく下手だったことを子供心に覚えている。 おばちゃんは、ほかの普通の大人とは、全く違っていた。 大人版長くつ下のピッピみたいに、、自由で、堂々としてて、人や世間に流されず、、、 マイペースで、なんていうか、、 かっこよかった。 でも、おばちゃんがしたことで一番嫌だったことは、おばちゃんが可愛がっていたインコが死んだ時に、 その子をハンカチで丁寧にくるみ バックに入れて 私の家に連れてきて 「〇〇ちゃん、、死んじゃったのよ(;_;)(T_T)」っていって、 大切そうに、バックから死んだ鳥を出して私たち家族に見せた時は、 本当に怖くて、、「なんてことをこのオトナはするんだろう?!」 って、 死体がすごく怖い私は、びっくりして、どんびいた。。 だから、 彼女のかわいがってたトイプードルのボンちゃんが死んで埋めた時に、私と妹は、その死を悼み そのお墓に、おばちゃんの庭から沢山のお花を積んで飾った。 私たちは、いいことをしたと思ってたが 植物もこよなく愛するおばちゃんは、私たちの髪の毛を引っ張って「お花もこんな風に 引っ張られて つまれたら痛いのよ!わかる?!」と、怒ったので、せっかく親切でしたのに、わかってもらえないことが悲しくて 私たちは、泣いた。 それでもわ おばちゃんは、私たちを子供のすることだから、許すとかではなく、 いつも、人間同士として扱ってくれた。 他の大人が怒ることは、おばちゃんは、怒らず、他の大人が怒らないことを怒ったりした。 それは、その時は きびしくみえたけど、 彼女なりに、ひとりの人として私たちを尊重してくれていたのだと 子供心にも、なんとなくはわかっていたので、 私たち兄弟も、従兄弟もみんなおばちゃんが大好きで、いつも遊びに行っていた。 美的センスあふれる彼女から聞いた海外での生活や 考え方やワンコへのラブや、梅や バタートーストや ラングドシャ が好きになったことや、感性は私に大きな影響を与えたな、と思う。 叔母の形見のアンティークのロートレックの時計は大切に時々使っている。 ただ一つの後悔は、彼女が英語の発音を教えてくれようとしたのに、Rやエルの発音をするのが恥ずかしくて、教わらなかったことだ。 あの時、教わってたらその後英語を習得するのに、苦労しないですんだのに。おバカなワタシ!(>_<) あ、後、一つ。本当は本当は後悔がある。。 大きな後悔がある。 歳をとってからの叔母は うちのおばあちゃんが、彼女のお金の面倒をみて、ホームで暮らしていたが 親友が不幸な事故死を遂げてから 沈みがちになり、、 最後は生まれ故郷の千曲川で、一人で逝った。。。 その時、私は受験前の11月でものすごくショックだった。 おばちゃんのバックの中には 泣いたであろう、ティッシュがいっぱい入っていた。 「トイレの神さま」の女の子が小さい頃は、たくさんおばあちゃんと時を過ごしたのに 思春期になり、友達とばかり遊んでおばあちゃんと過ごさなくなってたときにおばあちゃんを亡くした時みたいに、、 私も小学生の時は毎月のようにおばちゃんのうちに泊まりにいき、いろんな海外の話を聞いたり、 散歩したり、ワンコの手入れをしたり、、共に過ごしたのに 10代になって、おばちゃんのところにあまり行かなくなってたから。 昨日 その話を実家で おばちゃんと親しく付き合っていた 母と話したら、母はボケてないのに、おばちゃんが亡くなった時の記憶は 母は覚えてなかったので、 妹に ラインであの大きなショックの事を 母が覚えてなかったことを話したら、 「嫌なことは忘れるんだよ。 いいんだよ。 それで」 って返事がきた。 ……………うん。そーだね。。 彼女の 、、、孤独の中にも 幸せな華やかな、、 自分の信じた人生を 生き抜いた彼女の輝きを私たちは覚えていよう。 ありがとう。 かおろばちゃん。 あなたは、私のあこがれで、 私が一番人生で影響を受けた人でした。 「ファティマは、普通の地球人じゃないよね、」と言われてる 私はあなたに似てるとこいっぱいあるね。ははは。 なんか、急にあなたを思い出したのは、「思い出して」と天国で思っているのかも?と思って、こうして、文にしてみたよ。 懐かしいな。かおろばちゃん。。 いつか、そっちに行ったら もう、大人同士として、話したいことたくさんあるよ。

















    おじちゃん。




    おじちゃんの連れ子のロニーちやん。おばちゃんはすごく可愛がった。



    | - | 14:21 | comments(0) | trackbacks(0) | - |









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