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空羽ファティマからメッセージ
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「本当の教育とは」空羽(くう)ファティマコラム
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    今月号の空羽(くう)ファティマコラム 「本当の教育とは」 人間は誰もが過ちを犯す。 それが重ければ重いほど、なかったことにしてそこから目を背けたくなるものだ。 「自分は悪くない。〜のせいだ」と人や環境に責任を押し付けたくなる。。 けれど そうやってその場は逃げられても、自分だけは本当の事を知っている。 見たくなくて心の奥に押し込まれた罪悪感は、初めは無くなったかのように思えても、それは決して消えることなく時間か経つにつれて大きくなっていき、必ずいつかその人を追い詰めることになる。‥‥そういうものなのだ。   娘が通っていた幼稚園では「? ののさまは、口では何にも言わないがあなたのしたこと知っている、知っている?」 という歌をよく歌わせていた。 でも、神様より自分が自分のごまかしを知っていることのほうが本人を苦しめると思う。。。   ある素敵なカフェのオーナーTさんが、涙しながら話してくれた子供の頃の打ち明け話がある。 【いつも友達みんなから仲間はずれにされていた足の悪い男の子に、ある日Tチャンは声をかけた。 「ねぇ◯君、一緒に帰ろ!」初めて、友達に優しくされた男の子は、それはそれは嬉しそうにニコッとして 悪い足を引きずりながらTチャンの元に走り寄ってきた。 が、、その瞬間Tチャンはその場から立ち去った。彼を一人ポツンと残して。。。 そして、それからというもの、、その時の男の子の嬉しそうに笑った顔がずーっとTさんの胸の中に重い十字架のように横たわり続けて、どんな良い事をしても誰にほめられても、 「でも、自分はあんなひどい事をできる残酷な人間なんだ」と思うと何をしても、何を見ても心からは楽しめなかった、と。。 それから、何年も経った事ある日のことだった。奇跡的にその彼を見かけたTさんは、今を逃したら自分は又ずっと悔やむだろうと思い、勇気を振り絞って彼の元に行きその時の事を謝った。 彼は「そんな事あったっけ?」と笑って許してくれたという。】 彼女を救ったのは、きちんと責任持って自分のしたことを悔い改める反省の気持ちと、謝る勇気だった。   今、学校では相手の気持ちを感じる想像力がない子供が多くなりイジメが増え続けている。時には追い詰められて命を絶つ深刻なイジメもある。 けれど、それを「イジメ」と認めることは指導能力を問われることになり学校側の責任になるとまずいので、誰が見てもイジメでも「イジメとは認識してなかった」といって加害者である子供に謝る機会を奪う学校は多い。 いじめによって追い詰められて自死した子供のお墓にも手を合わせにも来ないと遺族は嘆く。 ‥‥‥考えてみてほしい。これは、本当に『子供を守る教育』と呼べるのか? 犯した罪の重さをきちんとその子に自覚させ、心からの謝罪が出来るように導いてあげることこそが真の教育なのではないか? どんなに難しくても、その子の周りの大人が、真剣にその子と向き合って教える事なのではないか? もちろん命はリセットできないから謝って済むことではない。 けれど、謝ることさえ出来ないまま何もなかったことにして、それでいいわけはない。たとえ小さなイジメでもだ。   それは、消えることなくその子の心に黒いシミになって残り続けるだろう。 そのシミをごまかすためにその子は別の事件を起こすかもしれない。 犯罪者として生まれてる子供はいないのだ。増えていく心のシミがその子を犯罪へと導くのだ。  そのシミを共に消してあげるのが、周りの大人がすることなのに テレビを見ても責任逃れするズルイ大人の姿ばかりの世の中なので、彼らは誰も信頼することもできないと言う。 悲しいが確かにそうかもしれない。悪いのは大人なのだ。 だが彼らに聞きたい。 『だからといって、じゃあ、あなた自身もそんな大人になりたい?』と。 自分を好きになれる大人になってほしいよ。自分に堂々と出来る人になってほしい。。   ‥‥‥その後、災害を体験し 避難所で冷たい物ばかり食べて辛かったTさんは、あったかなご飯を作る人になりたいと、木漏れ日差し込む木の温もりが優しい素敵なカフェをはじめた。 心込めて彼女の作るご飯は食べる人への優しさにあふれている。 それは「あの時は ごめんね」と言えたあの日の彼女がいたからなのだ。   自分を救うのは、先生でも親でも神様でもない。自分の弱さと向かい合う勇気なのだ。
    | - | 16:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - |









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