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空羽ファティマからメッセージ
朝日新聞連載コラム<生まれてきてくれてありがとう>
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    朝日新聞連載コラム<生まれてきてくれてありがとう>最終回


    『伝えることはたった一つ』

     トントン……。おなかをノックする小さなあんよ。はるか彼方(かなた)から、あなたをママと呼びたくて、あなたに抱きしめられたくて舞い降りた命。
    空の上には新しい命として誕生する順番を待つ長い列があり、その一人ひとりが自らママを選ぶ。

     その夜、夢の中のあなたは神様に言った。
    「この子のママになります」
    そう、子も親もお互い、選び求め合った相手なのだ。そうでなければ、命を授かるなんて、スゴイ奇跡が起きるわけがない。

    その子を抱きしめれば抱きしめるほど、愛すれば愛するほど、あなた自身も癒やされる。
    けれど、世の中には気の遠くなる痛みの末に産んだ我が子を愛せず、自らを責め、苦しむママもたくさんいる。
     まずはそんな自分を許し、「がんばってるよ」とほめてほしい。
    自分を愛せないと、自分の産んだ子も愛せないから。
    気分転換にランチやお茶を楽しみ、ゆっくりお風呂に入ろう!

     いつもより深く息を吸おう。
    追い込まれれば、誰でもイライラする。
    あなたは心の冷たい人でなんかない。

    最終回のプレゼントに、簡単&すぐ効く魔法の言葉をお教えします。
    出産直後に、初めて我が子を胸に抱いた写真をコピーで引き延ばし、目覚めてすぐ目につく所に張り、起きたら写真を見ながら子どもを抱きしめ、
    「生まれてきてくれてありがとう」と言ってあげて。
    出産後は子を守ろうとする強い母性と愛があふれている。
    それを体に思い出させて。

     その手で抱きしめられた子は、自分の命がママに愛されていることを体に刻むでしょう。
    昼はイライラしてしまっても、起きた時と寝る前はあの幸せな瞬間を想い、ぎゅーっとしてあげてください。

    自分の命の尊さを知っていれば、必ず友達の命も大切にし、自殺やいじめもしなくなる。
     子どもに教えることはたくさんあるようで、実は本当に大切なことはたった一つ。

    あなたの命はかけがえのない宝物だと、心を込めて伝えること。

    それさえ知っていれば、その子はこの先、何があっても、まっすぐに生きていけるでしょう。
     それが本当の生きる力だと思います。
    そしてそれを教えることができるのは、その命のバトンを手渡したママなのです。

    さあ、堂々と顔を上げて、ママであることを誇ってください!
    \(^-^)/

     そして私はあなたにも言いたい。。。

    「生まれてきてくれてありがとう。
    生きてきてくれてありがとう」

    ‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡朝日新聞の連載コラム 「生まれてきてくれてありがとう」は、今回が最終回です。
    2年間おつきあい頂きありがとうございました。m(__)m

    これからも朗読講演会や、「キャメルンシリーズ」の本の出版を通じて、皆さんとつながっていけたらと思います。
    (fatima@camelun.com)まで感想などをいただけたらうれしいです。
    (文・空羽(く・う)ファティマ 切り絵・海扉(かい・と)アラジン)
    ▽追伸、
    キャメルン会員のみなさまへ。
    通常半年で終わるというコラムを二年間も続けられたのは、応援してくれたり、コラムを楽しみにしていてくださった皆さんのおかげです。
    限られた字数と、厳しい言葉の制約のある中、どうやったら、いかにストレートに読者の方に私の想いを伝えられるかに、もがいた日々もありましたが
    、いい勉強をさせていただき、一字削らなくてはいけない時や、でも、どうしても、この表現は使いたい、と担当者と何度もやりとりしたり。。
    そういう中で、言葉一言、一言がもつ重みや責任や力をあらためて学ばせてもらったことは、作家として大きな収穫だったと思います。
    タイトルは10文字ときまっていて、しかも、タイトルの専門職の人が東京支社にいて、その方たちがつけてくるタイトルでなく、どうしても、自分の文章には、自分でタイトルをつけたい私は、いかに、自分のタイトルが良いかを、担当者やデスクやタイトル専門職の人を説得するのに、コラムの何倍もの文章量のメールを打ったり、電話で夜中までやりとりしたこともありました。
    今までは、自分で書いたものを、自分の好きに本として出版してきた私は、その不自由さに、悲鳴をあげながらも、いかに、説得するかを必死に考えたことが、私の文章を上達させたともいえます。
    人間万事塞翁が馬、とはこのことですね。
    一見、悪いことに思えても、まっすぐに、そこに向かい合い、へこまず、すねず、誠意をつくし、心を尽くし、がんばれば、必ず事態は、良い方向に動いていくものですね。

    今までのコラムは、キャメルンのホームページで読めます。また、橋本ランドというコラムは毎月書いていますので、それものせています。
    今年一杯は、ラジオ高崎、FM76、2にて、朝10じ12分くらいから、毎週木曜に、ハッピーカウチという江頭さんの番組にでて20分いろんな話をしています。
    今年は、プライベートでも、つらいことがあり、大変な一年でしたが、私にできることを続けていきたいと思っております。これからの、チャリティ支援活動は、10月28日に、前橋元総社の夢スタジオ、電話0272538608、にて、フラメンコダンサー12人と、ピアノ、ギター、パーカッションを加えた、豪華で美しい、音とダンスで彩る朗読コンサートを2時半からします。全額東北に寄付しますので、どうぞお友だちをさそっておでかけください。前売りチケット1500円(当日は2000円)の予約は、08056971653のアラジンまで。
    次回のキャメルンシリーズの本は、9さくめで、「ナイルとちびっこくじら、本物のくじらに会いに行く、、悲しみのない島へ」です。私がPTA会長している、荒牧小学校の児童たちに、かいてもらった絵を集めて出版し、収益は全て、津波で、ママやパパの亡くなった子供達に送ります。全てのキャメルンシリーズの本と育児エッセイ、N、は、ケヤキの前橋紀伊国屋書店、高崎、前橋のブックマンズ、アマゾンで、購入できます。
    longメールお読み頂きありがとうございました。m(__)m\(^_^)/空羽ファティマ

    (2012年9月21日掲載文より)
    | 朝日新聞「うまれてきてくれてありがとう」 | 11:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
    朝日新聞連載コラム<生まれてきてくれてありがとう>49
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      『人はみな弱いからこそ』


       私の著書が愛と命をテーマにしているからか、いじめや自殺についての講演を学校から依頼される。

       今の子は冷めていると言われるが、本気でストレートな言葉で語りかけると、今まで誰にも打ち明けられなかった本音を感想に書いてくれる。学校ごとに多少の違いはあるが、手首を切ったことがある、死にたいと考えている、と告白してくれる生徒もいる。

       彼らの親は、自分の子がそんなことを考えているなんて思いもしないだろう。私は、必死にならずにはいられない。見ず知らずの他人の私でも、本気で話せば、「今日、空羽さんの話を聞いて生きたいと思えた」と言ってくれる。誰よりも彼らを愛しているママやパパが心を込め、彼らの命の尊さを伝えたなら、もっと彼らの心にしみるに違いないと思うのだ。

       かつて白紙の感想文が一枚だけあった。それは、今も私の心に引っかかっている。文字のないその紙を、丸めて捨てずに私に渡そうとした声なき声のSOSを受け止めたいと思う。

       死を考えているなんて、心配をかけたくなくて、親には言えない。10代は大人が思うよりずっと傷つきやすく、つらい時代だ。うちの子だけは大丈夫だなんて思わないで。強い10代なんていない。悩み苦しまない10代なんていない。

       そして、どんなに反抗し強がっていたとしても、反抗し強がっていればいるほど、彼らの心の傷は深く、優しさを求めている。そのひび割れた心を癒やす力を他の誰よりも持つのは、そう、あなたです。今このコラムを読み、心が震えたあなたこそが、その力を持つのだと思います。

       こんな荒れた世の中だから、子どもだけでなく大人も、みんなが心に傷を持ち一日一日を必死に生きていくしかない。遠くの未来を考えたらどうしようもなく不安になるから、まず今日1日を生き抜きましょう。

       人はみな弱い。弱いからこそ優しい言葉を求め、ぬくもりに癒やされる。

       「行ってきます」と言わない背中に、「行ってらっしゃい。気をつけてね」と声をかけ、言葉のお守りをその体に着けて見送ってほしい。心の中で彼らはきっと思ってる。「ゴメンな」って。素直になれないからって、ママを嫌いなわけじゃない。そんな日もすぐに思い出になる。


      (文・空羽(く・う)ファティマ 切り絵・海扉(かい・と)アラジン)

      2012年9月7日掲載文



      | 朝日新聞「うまれてきてくれてありがとう」 | 12:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
      朝日新聞連載コラム<生まれてきてくれてありがとう>48
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        『学校にもっと自由を!』

         

         学校というところは不思議なところだ。なぜこんなにも、ものごとを面倒くさくするのだろう?

         去年の夏、小2の娘が持ってきたお便りに「熱中症予防のため、水はこまめに取りましょう。ただし、登下校中に水筒から飲むことは禁止されています」とあった。学校にいる時は水道が近くにあるが、登下校中こそ重いランドセルを背負い、のどがかわくのに。

         学校に理由を聞くと、コップが道に転がって事故につながる危険がある、とのこと。直飲みの水筒なら大丈夫では、と何回か説得して、ようやく許可された。水を自由に飲むことさえ規則に縛られ、許されない今の子どもたちが大人になって、果たして自分でものを考える力なんてつくのだろうか、と心配になる。

         「えー? そこまで管理するのお!?」と叫びたくなるほどに今、小学校では細かく決まりごとがあり、それを守るために、忙しいお母さんも学校に通って、いろんな係をこなさなくてはならない。

         プールカードには毎朝、全ての子が体温を測り、記入して印を押す。うっかり違う日付に記入したら、電話が先生からきて、親のOKがなければプールに入れない。それを一人一人チェックするプール係のママだって大変だ。体調の悪い子が「今日は休む」と言えば済むことではないか。おでこを触り、顔つきを見れば、その日の体調はママならわかるのだから。

         それから宿題の量がすごく多いことにも驚く。幼稚園から小1になって、いきなり山のような宿題に戸惑う子も多い。娘の小学校の下校は午後3時半と午後4時半。午後4時半に下校する日に習い事がある子は、宿題をやる時間がない。夕食を食べながらやるか、眠る時間を削ってやらなくては終わらない量が出る。

         漢字の練習、算数プリント、国語の教科書の音読……。しかも、それを付き添って見てあげていないと、家庭で目が行き届いてないとみなされてしまう。働いているママは、本当に大変なはずだ。

         宿題は、ここまでは必ずやる分、ここからは自主的にやりたい人がやる分と、自分で選べるようにしたらいいと思う。それぞれの子や、それぞれの家庭の事情があるのだから。学校の中にも、もっと自由な選択権があっていいのではないだろうか。

        〓〓(文・空羽(く・う)ファティマ 切り絵・海扉(かい・と)アラジン)〓


        2012年8月17日掲載文


        | 朝日新聞「うまれてきてくれてありがとう」 | 12:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
        朝日新聞連載コラム<生まれてきてくれてありがとう>47
        0
           2012年8月3日掲載

          『私の考えるイジメ対策』


           いじめについてのコラムで、絆やつながりを重視しすぎず自分の世界で生きていけばいい、という意見があった。私もそう思った。
           自分を殺してまで相手に合わせて友達ごっこを演じる必要なんてない。でも学校という集団生活で、そこまで開き直って一匹おおかみを貫くにはよほどの勇気と覚悟がいるのも事実だ。
           日本では昔から協調性が重視される。個性よりもいかに他者と仲良くできるかが。でもこんなにいじめ問題が深刻な今、人に認められなくても、人とうまくつきあえなくても、自分は自分でいいと、自らを認め、誇れる教育を私たち大人が提案しなくてはならない。
           もし私の娘がいじめにあったら、初めは相手に立ち向かい、「いやだ」「やめて」と言う勇気も必要だと伝えるけれど、それでもダメなら私は転校するか、学校をやめて世界を歩こう、と誘いたい。この小さな学校の中で否定されたことくらい何でもない、大きな世界があることを見せてやりたい。地球は広い、と知ってほしい。
           たかが何人かのつまらない友人があなたの良さを認めなくても、自信を失うことなんて、これっぽっちもないのだと。大人にも、いじめにあった子どもを救うきっかけはつくれるけれど、本当にその子の命と誇りを救い、守るのは本人の自己肯定感、自信だ。そこをいかに引き出せるか、その手伝いを大人ができるかだと思う。
           方法はいろいろあるが、私が日本を出ることを薦めるのは、独特の「こうすべきだ」という重い力がこの国に流れているからだ。そこを一度出て、その日の宿、その日の食事のことだけを考える生活をしてみるのだ。食べてウンチして寝る。見知らぬ人と、こんにちはとあいさつをする。痛い目にも遭うけれど、びっくりするくらい優しくしてくれる人もいる。ああ、人間っていろんな人がいるんだなあって知るだろう。
           いじめっ子対策はもちろん大切だ。でも、いじめられる側をいかに守り、勇気づけ、失われた自信を取り戻すか。その方法も考えなくてはならないと思う。
           こう書きながら、何でもっとシンプルに人間は生きていけないのかなあ、とため息が出る。せっかく生まれた命なのにね……。
          (文・空羽(く・う)ファティマ 切り絵・海扉(かい・と)アラジン)

          | 朝日新聞「うまれてきてくれてありがとう」 | 08:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
          朝日新聞連載コラム<生まれてきてくれてありがとう>
          0

            2012年7月20日掲載

            『ことばの力を信じている』


             誰かのために役立つことは、人に人間としての誇りと自信を与える。誰かに喜んでもらえることは、子どもにとっても必要だ。
             親だからといって、いつも世話する側に立つのではなく、子どもを頼って何かしてもらい、お礼を言おう。「ありがとう!すごく助かった!」と。彼らの顔はママの役に立てた喜びで輝くだろう。自分だってできるんだと。お洗濯を一緒に干す。野菜を洗う。どんな小さなことでもいい。
             以前、お子さんを亡くしたママからお手紙をいただいた。この欄を読んで初めて外に出てみようと思えました、と書いて下さった。じんとした。自分の書いた言葉が大きな重荷を抱えた人の心に届いたと思うと、私の方こそお礼を言いたくなった。見知らぬ人にあてて、コラムという手紙を書けることに感謝した。
             想いを込めた言葉はまっすぐ人の心に届く。たとえうまい言葉でなくても、本当に心に感じたことを言葉や文字に託して伝える時、そこには言霊が宿る。そう私は信じている。日本語はとても繊細で美しい言語だ。雪がしんしん降る。雨がしとしと降る。ただ静かに降るのではない。しんしん、降るのだ。
             そんな言葉の力を、私たちは知っている。だからもっと言葉を使おう。忙しくても、もっと子どもと話をしよう。
             確かに言葉がうまく伝えられずに誤解され、時には傷つくこともあるだろう。でも人はやはり人によって、人の発した言葉によって、救われたり新しい一歩を踏み出せたりする。
             もし私が人より少しうまく言葉を使えるとしたら、それはたくさん人と接してきたからだ。日々書きつづってきたからだ。たくさん痛い思いもしたし、たくさん泣きもした。でもたくさん感動もした。生きていくってそういうことだ。泣いて笑って感動して。そうやって人は生きていくのだ。
             今日も学校から帰った娘に、1日の様子を話してもらう。何があったかどう感じたのか。少しずつ少しずつ、彼女の言葉の力はそうやって増えていく。人とかかわり合って生きる中で、せっかく持っているこの力をフルに使いこなしてほしいと願っているママです。
            (文・空羽(く・う)ファティマ切り絵・海扉(かい・と)アラジン)

            | 朝日新聞「うまれてきてくれてありがとう」 | 14:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
            朝日新聞連載コラム<生まれてきてくれてありがとう>45
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              『キレイ事じゃない育児』

               5年前に書いた娘Nの育児日記を久々に読み返した。そこには、3歳半のギャングに振り回され、オタオタしている私の生々しい日常が記録されていた。
               「1に忍耐、2に忍耐、そしてやっと5位に愛だ。子育てはキレイ事だけじゃなかった」とあった。叫びだしたい、外に逃げ出したい衝動を、理性と忍耐と愛で必死に必死に自分を律し、抑えなだめていた。
               「生まれてきてくれてありがとう! Nに会えて幸せよ」と言ったすぐ後にカッとする自分にあきれ、そしてNに謝りながら、「でも私だってかわいそうじゃん!? だってあんまりわがまますぎる。ママは神様じゃないんだから。怒ったって仕方ないじゃん!」と泣いていた。
               そして自分を慰める。私はよくやっている。罪悪感なんて持たなくていいよ。人間だもの。もうこれ以上がんばれないよね、と。
               世の中のたくさんのママがこんな思いをしながら子育てして家事をして、仕事に行っているのだから、本当に大変だと思う。子どもが機嫌よく、いい子なら優しいママでいられる。本当はいつもニコニコしてあげたい。でも当然ながら、子どもは言うことなんて聞きはしない。
               もっとも、大人の言うことをハイハイと聞く子なんて痛々しい。そんなのコドモじゃない。だからいいのだ。このままのNでいいのだ。と思いつつ、時々泣いちゃうくらい、追い込まれる。真剣にマジメに子供と向い合おうとすればするほど、追い込まれていく。
               どうでもいいと思えたらイライラもしなくてすむ。でも、確かにその何百倍もの喜びと幸せを彼らは私たちに与えてくれている。それは本当だ。だからがんばろうと思えるのだけどね。と書いていたら、いつも乗ったら危ないと注意している台にNが乗った。
               「そこはダメと言ってるでしょ! もうママ怒った!」と言うと、ニヤニヤしながら「はっけよーい! 怒った! 怒った」ってちゃかされた。私はおすもうさんじゃないっていうの、とむっとしつつ、思わずナイスな口答えに笑ってしまった。Nの一本勝ちっ。ハイハイ、どうせいつもママの負けですっ。ふえ〜ん。
              (文・空羽(く・う)ファティマ切り絵・海扉(かい・と)アラジン)
              2012年7月6日掲載

              | 朝日新聞「うまれてきてくれてありがとう」 | 09:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
              朝日新聞連載コラム<生まれてきてくれてありがとう>44
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                2012年6月22年掲載

                『避けられる試練ならば』


                 試練から逃げず、立ち向かうことが人生では大切だ――。きっとそれは正しい。でも人は、いつもそうできるほど強くはない。
                 立ち向かう元気がある時は、それが大きな自信や良い経験になる。でも、生きていれば、どうしても避けられない試練は来る。だから、避けられる試練なら時に避けてもいい。すべて受けて立ってきてみて、私はそう思うようになった。
                 逃げることは弱さだと信じていた。苦しくても泣きながらでも、立ち向かうべきだと。でも今、振り返ると、あんなにシャカリキにならなくても良かったと思う。そこで、私は何を得て、何を失ったのだろう?
                 自信は確かに得た。でも強がりの甘え下手になった。人生にモシはないから、あれはあれで良かったのだろう。けれど、娘がかつての私のような生き方をしたら、「もう少し肩の力を抜いても大丈夫だよ」と言ってあげたい。「すべてに直球で勝負する必要はないよ」って。
                 10代のころ、いきなり友人たちが私と口をきいてくれなくなったことがある。理由を聞いても、何も答えない。「負けるものか」と思った。私は悪いことはしていない。堂々としていようと。涙を見せまいと、一人トイレで泣いた。
                 独りぼっちでも平気なふりをした、地獄のような休み時間。マンガの字が涙でぼやけた。でも、先生にも親にも言わなかった。「大人に注意されて仲直りしても仕方ない」と思った。
                 あの時の私は強かった。無視されただけだったが、人はこわいと知った。へこまない私につまらなくなったのか、3週間ほどたつと、みんなが何もなかったように普通に接してきた。私も何もなかったように受け入れた。理由だけ聞くと、「あなただけ一度も仲間はずれにされたことがなかったから、味わってほしかった」と言われた。
                 その時の傷は、30年以上たった今も心の奥にある。あれでよかったのか、泣いて「つらい」と言った方がよかったのかは、今もわからない。ただ、あの時の私にはああするしかなかったし、それで必死だった。
                 今、人が好きと言えることに私は救われている。生きていくだけで大変だ。娘には「全部1人で抱えこまなくていいよ」と言いたい。何もできないかもしれないけど、一緒に泣いてあげることはできるから。
                (文・空羽(く・う)ファティマ切り絵・海扉(かい・と)アラジン)

                | 朝日新聞「うまれてきてくれてありがとう」 | 12:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
                朝日新聞連載コラム<生まれてきて切れてありがとう>42
                0


                  朝日新聞連載コラム<生まれてきてくれてありがとう>42

                  5月25日掲載


                  『出る杭は打たれるけど』


                   子どもには自分にしかできない人生を歩いてほしい、と願う私は、娘Nの服も買ったものをそのまま着るのではなく、2人で楽しく絵やボタンを着けて、彼女だけのオリジナルの服にしていた。けれど、人と違う服は目立つらしく、友達がいろいろ言うらしい。

                   娘に聞いてみる。「人はみんな違うから楽しいとママは思ってるの。いろんな服があっていいし、自分がどんな色を好きか、どんなデザインがいいか感じることは自分を知る大切な方法だから。でも、いろんな人がいろんな考えを持っていて、みんなと同じ方がいいと思う人もいる。Nはどう思う? 人に何か言われても、自分の着たい服を着る? 自分の気持ちはがまんして、みんなと同じにする? どっちがいい?」

                   大人にとっても難しい問いだとわかっている。でも、たとえ子供でも、何となくの方向でも、自分がどういう風に生きていくか、覚悟を決めた方が生きるのが楽になると、私自身、経験してみて思った。

                   娘はしばらく黙ったままだったが、「みんなに言われても好きな服を着る」と言った。理由を聞くと、「その方が生きる自信になるから」と、私がいつも言っているように答えた。きっと、半分はママが喜ぶ答えを言ったのかもしれない。かつて私が母の思いをくんで、ピアノを無理してでも続けたように。

                   そして、今はこう言いはしても、これから生きていくうえで、彼女は何度も迷い、壁にぶつかり、自己主張するたびに、いわゆる「出る杭は打たれる」的な痛みを受けるだろう。そこで傷つき、落ち込む彼女を私は見守ることしかできない。けれど、その痛みに見合うだけの幸せな人生は、自分に正直に生きた者に送られるごほうびとして、必ず手にできるのだから。

                   私も結局、選ぶ道は一つしかなかった。バカ正直に、ただまっすぐに生きてきて、必要以上にボコボコになった。でも、いつかこの命が終わる時、いい人生だったと笑える自分でいたいから。私は、私として生きていく。

                   そして彼女もまた、世界でたった一つのかけがえのない命を表現する勇気と強さを持っていると、ママは信じている。だから、自分でも、その力を信じてほしいよ。大丈夫。命を生ききるために、人は生まれてきたのだから。

                  (文・空羽ファティマ、イラスト:ファティマの娘N)


                   


                  | 朝日新聞「うまれてきてくれてありがとう」 | 11:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
                  朝日新聞連載コラム<生まれてきてくれてありがとう>41
                  0
                     朝日新聞連載コラム<生まれてきてくれてありがとう>41
                    5月11日掲載記事

                    『想いの力が夢を叶える』

                    「努力すれば夢はかなう」と子どもに教えてあげたいと思っているママは、自分の体験談を話してあげたらいいと思う。伝記に出てくる見知らぬ人より、ママが主人公の話の方が、子どもには説得力がある。
                     私の机の前には、“想(おも)いの力”と筆で書いた文字が貼ってある。
                     この想いの力の強さを私が知ったのは、東京で必死に働き、50万円ためては海外に出て、いわゆる自分探しの旅をしていた時だ。27歳の私は、ヨーロッパなどの主要国を旅した後、モロッコに向かった。
                     そこでサハラ砂漠に住む民と半年間、生活した。
                     その体験記を帰国後6日間で取りつかれたように書きあげた私は、“出版”というものをしてみようと思い立った。だが、何のコネもなく、いきなり出版社に掛け合う私を見て、誰もが「無理だ」と言った。
                     だけど、私は試してみたかった。本気でがんばれば夢はかなうということを。毎日毎日出版社を回り、毎日毎日断られた。悔しかった。負けるものかと思った。誰に対してというより、自分に対して、できることを証明したかった。
                     今の子どもたちは、運動会のかけっこでも順位は関係ない、と教えられるらしい。それはおかしい、と私は思う。1位には1位の誇りがある。もちろん、がんばったなら、3位でも4位でも、それはすてきだ。
                     戦うべき相手は他人ではなく、自分自身だと教えてあげてほしい。自分が自分に対して、よくがんばれたと思えるなら、それは何よりも輝くメダルになる。
                     娘にとって自分が立派なママかどうか、私にはわからない。でもママはこのメダルを一つひとつ持つことで、それが自信という宝になったと娘に伝えたい。
                     誰に反対されても、ムリだよ、と言われても、自分で自分を信じてあげてほしい。自分の一番の応援団になってあげてほしい。ママももちろん、フレーフレーって応援するけど、誰に応援されるより、自分の力を信じることがパワーになるって知ってほしい。
                     体験記の話に戻ると、ついに8カ月後、出版社が決まった。しかもその後、その本は高校の国語の教科書にまで使われた。だから娘にも言いたい。夢はあきらめなければいつかかなうよと。壁にぶつかるたびに私を勇気づけてくれるのは、あの時の私だ。
                    (文・空羽(く・う)ファティマ)
                    | 朝日新聞「うまれてきてくれてありがとう」 | 11:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
                    朝日新聞連載コラム<生まれてきてくれてありがとう>40
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                      2012年4月27日掲載文


                      『生きる力を旅で学んだ』

                       旅をするにはコツがいる。特に行き先が海外の場合、日本人はお金持ちで主張のできない国民だと思われているため、だまされることが多い。
                       20代の私が世界をビンボー旅行してまわった時は、できる限りの工夫をして、それはもう必死だった。一番ボラれるのがまず、その国に着いて初めての乗り物だ。
                       信じられないくらいのお金を請求されることはよくある。相場を知らない者と思われるからだ。だから乗ったらすぐに、こう言うのだ。「この国が私は大好きで何回も来ている」と。自分の住んでる国を好きだと言われて、悪い気持ちになる人はいない。
                       その次にするべき重要な質問がある。「How many children do you have? (子どもは何人?)」だ。すると、さっきまでどうやってこの日本人からお金をふんだくろうかとたくらんでいた彼の目が、いきなり優しいパパの目になり、「4人だ」とか答える。
                       その後は、できるだけ長く「女の子か?」とか「何歳だ?」とか、子どもについての会話を続けることが、彼をいい人のまま目的地に着かせるコツだ。
                       子どもについての会話は、難しい会話ではないので心配ない。「女の子だ」「カワイイ?」「もちろんだよ!」「いくつなの?」「8才だよ」みたいな感じでね。そして目的地に着くと、彼はニコニコして荷物をおろすのを手伝ってくれたり、「良い旅を!」なんて言ってくれたりする。
                       この技を編み出してから、インドでもベトナムでも、ほとんどボラれたことはないのでおすすめです。
                       英語を話せないからと黙っている人より、できなくても手ぶり身ぶりでも相手と話そうとする人の方が、いろんな人が親切にしてくれるし、旅も楽しめる。
                       発展途上国と呼ばれる国では、私はいつもご飯をごちそうになったり泊めてもらったりした。貧しくても彼らの心は十分に発展し、豊かだった。自分たちの食べる分までごちそうしてくれたり、自分たちは床で寝てるのに、私に木の箱の上で寝かせてくれたりした。
                       人の心はこんなにも優しく豊かだということを体験し、そして一つ一つの日々のトラブルをどうやって乗り越えるかが旅のダイゴミだ。実際に自分の体で学んだ経験ほど、生きるチカラになるものはないと思う。
                      (文・空羽ファティマ切り絵・海扉アラジン)


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