キャメルンblog

切り絵作家アラジンからメッセージ

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2012.05.08 Tuesday

朝日新聞連載コラム<生まれてきてくれてありがとう>40

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    2012年4月27日掲載文


    『生きる力を旅で学んだ』

     旅をするにはコツがいる。特に行き先が海外の場合、日本人はお金持ちで主張のできない国民だと思われているため、だまされることが多い。
     20代の私が世界をビンボー旅行してまわった時は、できる限りの工夫をして、それはもう必死だった。一番ボラれるのがまず、その国に着いて初めての乗り物だ。
     信じられないくらいのお金を請求されることはよくある。相場を知らない者と思われるからだ。だから乗ったらすぐに、こう言うのだ。「この国が私は大好きで何回も来ている」と。自分の住んでる国を好きだと言われて、悪い気持ちになる人はいない。
     その次にするべき重要な質問がある。「How many children do you have? (子どもは何人?)」だ。すると、さっきまでどうやってこの日本人からお金をふんだくろうかとたくらんでいた彼の目が、いきなり優しいパパの目になり、「4人だ」とか答える。
     その後は、できるだけ長く「女の子か?」とか「何歳だ?」とか、子どもについての会話を続けることが、彼をいい人のまま目的地に着かせるコツだ。
     子どもについての会話は、難しい会話ではないので心配ない。「女の子だ」「カワイイ?」「もちろんだよ!」「いくつなの?」「8才だよ」みたいな感じでね。そして目的地に着くと、彼はニコニコして荷物をおろすのを手伝ってくれたり、「良い旅を!」なんて言ってくれたりする。
     この技を編み出してから、インドでもベトナムでも、ほとんどボラれたことはないのでおすすめです。
     英語を話せないからと黙っている人より、できなくても手ぶり身ぶりでも相手と話そうとする人の方が、いろんな人が親切にしてくれるし、旅も楽しめる。
     発展途上国と呼ばれる国では、私はいつもご飯をごちそうになったり泊めてもらったりした。貧しくても彼らの心は十分に発展し、豊かだった。自分たちの食べる分までごちそうしてくれたり、自分たちは床で寝てるのに、私に木の箱の上で寝かせてくれたりした。
     人の心はこんなにも優しく豊かだということを体験し、そして一つ一つの日々のトラブルをどうやって乗り越えるかが旅のダイゴミだ。実際に自分の体で学んだ経験ほど、生きるチカラになるものはないと思う。
    (文・空羽ファティマ切り絵・海扉アラジン)



    2012.04.18 Wednesday

    新作情報♪

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      空羽ファティマ、新作発売はじまりました!!

      『育自エッセイ N』

      あなたをママと呼びたくて
      天から舞い降りた尊い命...

      その命の重みと向き合うのは
      けして簡単な事ではない。

      育児しながら ママ達は
      育自...自分自身を 育て 癒していくものなのだと思う。
      私がそうであったように....。

         *********

      気ままに世界33カ国を旅していた
      ママ業とは全く無縁だった私が
      41歳で出産し
      てんてこまいしながら
      未知の生物”アカチャン”を育てた記録
      (帯の文より抜粋)


      下記の書店にて発売中!!
      紀伊国屋(ケヤキウォーク内)
      煥乎堂(本店、群馬町店)
      ブックマンズアカデミー(前橋店、高崎店)
      文真堂(前橋関根店、渋川店)
      正林堂(渋川)
      フリッツアートセンター「絵本屋」(前橋敷島)

      *近日中にアマゾンからも注文受付開始しますので、もうしばらくお待ち下さいね。




      2012.04.14 Saturday

      朝日新聞連載コラム<生まれてきてくれてありがとう> 39

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        2012年4月13日掲載

        『ママの理想と現実の間』

        子どものことをバカと言ってはいけない、と思っていた。ほめて自信をつけて育てたいと思って、「天才!スゴイ!」と事あるごとに言ってきた。
         娘のNが学校で自分の描いた絵に「Nったら天才!」と言ったら、お友達が「自分のこと天才って言うの?」と驚いたらしい。「うん! Nのママもよく自分のこと天才ってほめてるよ。○ちゃんのママは言わないの?」「イワナイ」とやり取りしたらしい。
         日本人は謙虚が美徳だからなかなか自分をほめないのだろうけれど、生きてるとつらいこともたくさんあるのだから、ほめられる時に自分を喜ばせてあげないと、と思う。
         そんな風になるべくほめて育ててきたのに、「もー!なんでそんなバカなことするの!?」「あー! バカあ!」と叫んでしまうことが、この頃はある。
         バカなんて大事な娘に言いたくないのに、言わせるほどハチャメチャな行動のNにむかつきつつ、「それでもバカと言ってはダメなのに」と、自己嫌悪する自分がいる。
         いつもにこにこしてほめていられるママならどんなにいいかと思う。だが現実はキビシイ。
         地球に来てまだ8年。時間の感覚がつかめないのだから仕方あるまい……と冷静になろうとしても、あと1分で学校に行かないと登校班のみんなを寒い中待たせてしまうのに、急に座り込んで本を読み出したり、わんこをなで出したりするのは一体どういう頭の中なのか!? 脳みそちゃんと入ってる?
         ついかっときて怒ってしまった後はものすごく嫌な気分になり、Nに「大好きなNにバカなんていいたくないし、Nは本当はちっともバカじゃなくてすっごくおりこうでいい子なのに、ママにバカなんて悲しい事言わせないでよ。ママ悲しくなる。Nと仲良しでいたいんだからね。東北ではもう二度とママに会えなくなっちゃった子どももたくさんいるでしょ? ママが生きてる事を当たり前と思わないでね」と言いつつ、自分にも言い聞かせる。
         「そう。子供を亡くし、抱きしめたくても抱けなくなったママがいる。Nが生きているだけでありがたいことなのだから。゛少し゛くらい言うことを聞かなくても、゛少し゛くらい、時間の感覚がなくても、ものすごく生意気な口答えしてにらんでも…etc etc…」(^-^; (文と絵 空羽(くう)ファティマ)


        2012.04.04 Wednesday

        朝日新聞連載コラム「生まれてきてくれてありがとう」

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          「荒野に消えゆく叫び声に」

           人生という舞台の中で試練はある日突然やってくる。死者と行方不明者は約2万人
          (もう望みはほとんどないのに、どこかで生きていてと思う気持ちが死者と呼ぶことをためらわせるのだろう。気持ちの整理がつかず帰りを待ってしまうことが痛々しい……)。
           そしてその2万人には家族や友人や恋人がいて、体が亡くなった人は2万人だけれど心を亡くした人はその何倍にもなるだろう。
           あの地獄のような日から1年たって、どん底の悲しみを越えようとする人々もいれば、一度も涙さえ流せない少女もいる。亡くなった娘が最後に立っていた場所でコートの上着を強く握り締める父の姿……。これが今の日本の現実。
           これを映画の中の話やドラマでない事実だと実感した人だけが、本気で被災地のために何かをしたいと思えるのだろう。
           越えられないほど大きな深い絶望の中で、彼らは「もう耐えられない! つらすぎる!」と何度も、絶望の叫びを上げたことだろう。そしてその声は何もなくなった東北の荒野に消えてゆく。その叫びを耳を澄まして聞く者は生き残った私たちしかないのだ。
           何をしていいかわからないし、どうやって力になれるか私自身も手探りの中、出来ることをやろうと本を送ったりチャリティー朗読会を企画してお金を送ったりしている。
           一人に出来ることは小さい。でもみんなで力を合わせよう。いつ私たちも被災者という名になるかわからないのだから。
           大切なことは、忘れないことだ。せめて新聞に目を通してほしい。
           「亡くなった娘にしてあげられたのは、いつもの歯磨きのように口から泥をかき出してあげることだけだった」と泣くママの姿が……。そして、自転車に乗ったまま泥に埋まった男の子の遺体のことが載っていた。過去の津波の被害を伝え続けていれば学校や病院を海のすぐそばに建てなかっただろうに、と記者は書いている。
           伝えるべきことはたくさんある。二度と同じ苦しみは繰り返したくない。
          、、、 もしかしたら、この今住んでいる地で桜を見られないかもしれない。。娘を守るために、家を捨てて原発から離れた地へ、引っ越さなくてはならないかもしれない。。去年原発が水素爆発した時のあの恐怖は一生忘れられない。忘れてはいけない。今こそ、日本が先頭に立って本当の平和とは何か、声を上げたい。
          (文・空羽(く・う)ファティマ 切り絵・海扉(かい・と)アラジン)
          2012年3月30日掲載

          2012.03.15 Thursday

          3月2日チャリティーコンサート

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            3月2日
            中之条ツインプラザにて行った「言葉」の東北復興支援チャリティーコンサートのことが上毛新聞(3月13日)に載りました。

            本当にたくさんの人にお越しいただき、57742円ものあたたかい募金も集まりました。生協や中之条町を通じて被災地に寄付させていただきました。
            生協のホームページもご覧になって下さいね。
            http://gunma.coopnet.or.jp/g-info/archives/013403.php


            2012.03.14 Wednesday

            <空羽ファティマ、ラジオ出演のお知らせ>

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              3月19日(月)NHK FM81.6
              「トワイライト群馬」という番組内にて
              ”前橋で活躍中の女性”を紹介するコーナーに生出演!!

              午後6時30分〜出演予定。

              ぜひお聴き下さいね!


              2012.03.12 Monday

              朝日新聞連載コラム〈生まれてきてくれてありがとう〉37

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                2012年3月9日掲載


                「プールの腰洗い槽への疑問」


                 子供の学校の役員に進んでなりたいというママは少ない。仕方なくやるしかないからやる。私も出来たらしたくないと思っていた。
                 だが、役員を飛び越えてPTA会長の依頼が来た。人前で話すのは慣れているけれど、大変そうだし忙しいし、と始めは断ったが、考え直した。
                 学校の先生はよくやってくれていて感謝もしているが、もっとこうしたらいいのにと思うことは度々あったからだ。だったら一人のママとして意見を言っているより、もっと積極的に学校に働きかけられるかもしれない、と。
                 私がやりたいと思っているのは、「生まれてきて良かった」と子供たちが思える環境作り、もっとママたちが気軽に学校に相談出来るようにすること、熱中症が心配なので暑い9月を避けた運動会にすること、子供たちの健康のためにプールに入る前につかる腰洗い槽をなくすこと、などだ。
                 プールの水に入っている1リットルあたり0・4ミリグラムの塩素の濃さで、30秒以内に細菌は死滅する。国の基準ではプールの塩素濃度は1・0ミリグラム以下が望ましいとなっているのに、子供たちは最大でプールの250倍も濃い1リットル50〜100ミリグラムの塩素が溶けた水の中に入らされる。
                 ちなみに、腰洗い槽は1955年ごろ、水の入れ替えもままならず不衛生だった時代のプール事情から広まった。子供の栄養状態も良くなり、プールの水もきれいになった現代も同じ対応なのは疑問を感じる。
                 実際、国の方針で20年前に腰洗い槽は原則不要になった。アレルギー性皮膚炎を悪化させると心配する声もあり、横浜市のように全小中高校の腰洗い槽を廃止したところも増えてきた。
                 思えば、子供を産めばこういうことに無関心ではいられなくなると分かっていたから、なかなかママになる決心がつかなかったのだ。けれど、娘が学校に通っているからには、現実と向かい合い学校と共に手を取り合いながら、本当に子供たちのためになることとは何なのかを模索していかなくてはと思う。
                 心で思っているだけでは何も変わらない。原発についても。学校のことも。この寒空の下に原発反対と叫びながら座り込みをしている福島のママたちもいると思うと、せめて自分に出来ることをしていきたいと思い、PTA会長という未知の世界で頑張ってみます。
                (文・空羽ファティマ、切り絵・海扉アラジン)


                2012.02.28 Tuesday

                朝日新聞連載コラム<生まれてきてくれてありがとう>

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                   こんにちは。空羽ファティマです。このメール配信でお送りする原稿は、新聞にのるときは、字数制限があるので、カットされますが、字数制限なしの、特別書き加え版をお届けします♪ちなみに、はじめの、毎日寒いですね〜の、みのもんた風の挨拶も新聞にはカットされて載りました(^^;でも、タイトルは私がつけたままのものが載ったからよかった!
                  2012、2、24の朝日新聞コラムです。。



                  「お風呂大賞金メダル」

                  毎日寒いですね。なので、今回はお風呂について書きます。
                   20代から30カ国を旅し、いろんなお風呂に入ってきました。お風呂と言っても、ゆっくりつかれる湯船がある国はそうはなく、ほとんどの国の宿はシャワーのみです。
                   トルコはハマムという公衆浴場で、湯気ムンムンの大きな丸い天井の下で、ほとんど裸んぼ状態の超元気な、おばちゃんたちがアカスリをしてくれます。ギャアギャア叫ぶくらいに、体を引きずり回され、かなり手荒く扱われますが、「ほーら、見てー!」 とこすり出したアカを満面の笑みで見せてくれます。
                   きれいな色彩にあふれる、バリは安い宿でも小さな庭のようなスペースが湯船の横にあり、石像や色とりどりの花が飾られ、極楽というか私はかなり気に入りました。ヤモリ君が時々いるのが玉にきずですが。(^^;
                   最もひどかったのはインドの安宿です。狭くて汚いシャワー室に裸足では入れず、必ずビーチサンダルを持参します。お湯も出が良くないのですが、たいていは暑いのでそこはあまり気になりません。でも、インドの旅は事件続きなので、たまにゆっくり湯船に入りたくなると、人も入れる大きなゴミ箱を買い、長い時間をかけてお湯を入れてつかったりもしました。癒されたああ〜。すっごい幸せでした!
                  洞窟のギリシャのホテルではお湯が出なくて、いつもヒーヒー震えながら入りました。
                   日本のシャワーのように温度調整がしっかりでき、湯船の保温機能もあるハイテクなお風呂は、どこの国にもなかったのです。
                   サハラ砂漠なんて、もちろんお風呂もシャワーも水道もなくて、井戸からやっとくんだ水を、火をおこして温め少しずつ大切に体をふきます。
                   髪の毛を洗うときは、1回1回泡をしぼり落としてから最小限の水量で流すように努力します。
                   余談ですが、砂漠では洗濯物は砂の中に埋めて砂に水分を吸わせて乾かします。砂の重さでアイロンもきき、ポケットの中の砂さえ出せばいいのです。
                   日本にいると、あったかなお風呂に入れるのは当たり前で、それをぜいたくだとか幸せだとか自覚しないかもしれませんが、ヘビーなお風呂体験をしてきた私には、日本はまさにお風呂天国に思えます。
                   飲料用と同じきれいな水でお風呂に入れるリッチな国民は、世界中にそうはいません。原発など、いろんな問題が山積みの日本ですが、世界お風呂大賞金メダルをもらえるくらいの、素晴らしいお風呂にゆっくり入って、このぜいたくを味わい、ハーッと深いため息をつけば、今日もゴクラク! ブラボーJAPAN。お風呂バンザイ!\(^_^)/
                  (文・空羽(く・う)ファティマ 切り絵・海扉(かい・と)アラジン)


                  2012.02.27 Monday

                  朝日新聞連載コラム<生まれてきてくれてありがとう>35

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                    2012年2月3日掲載文


                    「小さな店の大きな愛」

                     私の店の半分を使い友人メグがクレープ屋をしている。小さな子が「お金が足りないの」と言うと、メグは半分サイズのクレープを作ってあげた。女の子には少しお釣りが返ってきた。
                     その子は背伸びしたかと思うと、カウンター上に常備してある東北への募金箱にお釣りを入れた。そのお金でチョコのトッピングも出来たのに、わずかなお小遣いを被災地の人へ……。
                     メグは親にひどい虐待を受けてきた。何度も夜中に山に捨てられ、木に縛り付けられて置き去りにされた。その彼女が自らのトラウマを越えて子供たちに優しくして、親切にされた子供たちが東北の人に手を差し伸べている。小さな店の中で見た大きな、愛のリレーに私は胸が熱くなる。
                     目には目を。歯には歯を。そうやって戦争が今も続いている。でも、どこかでメグのように負の連鎖を止めれば世界は変わる。
                     店には仮設住宅で作った髪留めやシュシュが置いてあり、売り上げは全て作り主に送っている。女の子が背伸びして入れてくれた貴重なお金と一緒に。
                     そのことを被災地の作り主に手紙で知らせると、心が元気になりましたと返事が来た。こういう一つ一つの優しさが力となって彼らの明日に向かう一歩につながっていくのだと祈る。
                     一人の力は小さく、私に出来ることも限られている。でも、こうしてコラムに書くことで東北を思い出してほしいと願う。
                     忘れないで。覚えていて。がれきと一言で言う前に、それは少し前までは家族を守る家の柱だったこと。思い出の物だったこと。時は流れても消えない悲しみはある。あきらめきれない無念もある。それを知ってそれを背負いつつ、彼らは歩き出すしかないのだから。
                     「流された物の中で一番つらかったのは母から譲り受けたおひな様でした。娘につなげたかったから」
                     電話の向こうからの声に何とか力になりたくて、娘と紙粘土でかわいいおひな様を作り送るつもりだ。思い出のつまったおひな様の代わりにはなれないけれどそうせずにはいられない。家には元気な娘と今年も飾れるおひな様がある。
                     今日もすごく寒い。雪国の寒さはこんなものではないはずだ。色んなことが心をめぐる。答えなんてどこにもない。それでも人は生きていく。
                    (文・空羽(く・う)ファティマ 切り絵・海扉(かい・と)アラジン)

                    2012.01.26 Thursday

                    朝日新聞連載コラム<生まれてきてくれてありがとう>34

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                      2011年1月20日掲載


                      『学校に疑問を感じた時』

                       子供の担任に言いたいことがあっても言いにくいというママは多い。「だって子供を人質に取られているようなものですもの。うるさい親と思われてシワヨセが子供にいったらと思うと」と。
                       アメリカ留学時に自己主張の大切さを痛い思いをして学んだ私ですら、いざママの立場に立ってみるとその気持ちも理解できた。もちろん、安全に関することは言うけど、他のことはなるべくがまんしようか……とか。
                       でも、子供は学校と親の双方が手を取り合い育てていくべきだ。
                       ある日、直されてきたテストに疑問を持った。「あなたならドングリコマの作り方を友達にどう教えるか?」の問いに、娘N(8)は「用意するものはドングリとようじです。ドングリにはお顔とかかくとかわいいと思います」と答えていたが、採点では、赤ペンで顔をかくというのは不要だと消されていた。
                      問題は「教科書にどう書いてあるか?」 ではなく各自の自由な答え方でいいはずなのに、これは変だと私は思った。しょんぼりしているNに「ママなら花丸つけるよ!」とテストに大きく花丸をつけてNの頭をなでた。
                       このことを連絡帳に書こうか一瞬悩んだが、表現力について、ここは大事なことだと思った。疑問に感じたことはそのままにせずに堂々と聞くということをNに教えたかったし、大人同士で陰でやり取りするのは良くないと思ったので、Nの前で、ママはこうに先生に書くね、と読み上げながら、連絡帳を書いた。
                       次の日の先生からの返事には「Nちゃんの工夫して答えた箇所を消してしまったのは改めて考えると失礼でした。いつも簡潔な答えを書く指導をしているので、つい、うっかりせっかく工夫してNちゃんが書いた文章を消してしまいました。忙しいことを理由にせず、もっと子供たちの内面を見ていこうと思います」と、心あるお返事を書いて頂けてほっとした。
                       そしてNに言った。「こんな風に間違いは間違いと言ってくれる先生は立派だとママは思うよ。こうやって勇気を出して聞いてみるものでしょう?」と。
                       確かに先生は忙しく一人一人に適した指導は大変だと思うので、ただ、先生を責めるのではなく感謝の言葉もきちんと文章に表し、疑問に思うことはきちんと聞くことによってお互いに信頼関係ができ、子供たちにとってより良い環境が出来ていくのだと思う。
                       だからママよ、勇気がいるけどもっと声を上げましょう!あなたの子供の為だから。 黙っているだけでは何も変わらないと思うから。(文・空羽(く・う)ファティマ)


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